1979年9月から半年間、日テレ火曜夜9時枠で放送。全27話。今なお根強いファンを持つ伝説のテレビドラマ。あらすじと感想主要メンバーは以下の通り。工藤俊作……松田優作。ライターの火力の凄さ。よくマネして前髪焼いた(笑)服部刑事……成田三樹夫。「工藤ちゃ~ん」の猫なで声の不気味さは誰も真似できない。松本刑事……山西道広。いじられてナンボのキャラ。準レギュラー的存在が相木マサコ……倍賞美津子。弁護士。
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1955年公開の独立プロ映画。監督は今井正、脚本は水木洋子のゴールデンコンビ。出演は小林桂樹、岡田英次、岸恵子、加藤大介など豪華。極めつけは山田耕筰が劇中の交響楽団の指揮をとるなど音楽人の特別出演が話題に。あらすじ時代は終戦直後。荒み切ってきた人の心を癒し、労働者や子ども達に美しい音楽をという思いから、群馬県高崎市に生まれた市民の交響楽団。しかし、マネージャーの井田(小林桂樹)の懸命の努力も空しく
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1958年公開の松竹映画。原作は松本清張の同名短編。監督は野村芳太郎、脚本は橋本忍。出演は大木実、宮口精二、高峰秀子、田村高廣、高千穂ひづるなど。映画はこれ一本だが、テレビは何回やったら気が済むねんというぐらいドラマ化されている。あらすじ横浜から鹿児島行きの夜行列車「さつま」が走る。三密状態なんのその、窓は開いてるから大丈夫だろ。その中にいる二人の刑事、柚木(大木実)と下岡(宮口精二)。彼らは東京
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1973年公開のイギリス・フランス・アメリカ合作映画。監督は「真昼の決闘」「尼僧物語」のフレッド・ジンネマン。主役の殺し屋・ジャッカルを演じたのはエドワード・フォックス。原作はフレデリック・フォーサイス。彼の名を一躍有名にした作品。あらすじドロ沼のアルジェリア戦争から抜け出すべく誕生したフランスのド・ゴール大統領。だが、フランスのためと信じてアルジェリアで戦い続けてきた一部の軍人などにとっては、「
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1959年公開の痛快娯楽西部劇。主演はジョン・ウェイン、監督はハワード・ホークス。あらすじテキサスの小さな町の保安官、チャンス(ジョン・ウェイン)。ある日酒場のゴタゴタで人を殺したジョーを逮捕した。ところが、毎度おなじみボンクラの弟に比べてできる兄貴のネイサンが弟連れられてたまるか大作戦を敢行し、町をならず者で封鎖してしまう。地元の名士がロクなことをせんのは古今東西共通しているわけで。こうなりゃ場
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1990年の冬クールの月9ドラマ。主演は中山美穂と柳葉敏郎。和久井映見、東幹久、相原勇、石黒賢などが出演。脚本は野島伸司、主題歌は中山美穂「愛してるっていわない!」だった。月9がトレンディドラマから純愛路線に舵を切った分岐点となるドラマ。あらすじ大黒海苔世田谷営業所に勤める与田圭子(中山美穂)。おっちょこちょいなところがある圭子はある朝、通勤電車の中でバッグの中身をぶちまけてしまう。そこに偶然居合
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1989年夏クールの月9ドラマ。原作は毎度おなじみ柴門ふみ。主演は安田成美と緒形直人。脚本はこれが連ドラ初めての坂元裕二。主題歌はZIGGY「GLORIA」。時代ですな。あらすじ大学の卒業パーティーの当日に別れた二人、鴨居透(緒形直人)と名取ちなみ(安田成美)。夫婦同然の恋人だったのだが、昔の恋人のことをいつまでも気にしている女々しいというかなんというか優柔不断の塊みたいな透にちなみから別れを告げ
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1980年公開のアメリカ青春映画。今でこそ数々の青春スターが集結みたいに言われているが、当時でいえばマット・ディロンの知名度が一番高かったし、一番の成功者かな。監督はトニー・ビル。名画「スティング」や「タクシー・ドライバー」の製作者。あらすじシカゴの高校に転校してきたクリフォード(クリス・メイクピース)。豪華ホテルの屋上に金持ち一家のボンボンなのだが、ダウンタウンの公立校の雰囲気は以前の学校とは全
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1975年公開の日活ロマンポルノ。もともとは間寛平のコミックソング「ひらけ!チューリップ」。作ったのはタイムボカンシリーズを手掛ける山本正之。よく似てる(笑)あらすじ釘師の明(石井まさみ)とパチプロ見習の洋(安達清康)。互いのボスを挟んでの玉五発勝負に今日も明は勝利してこれで10連勝。ワイが負けるのは女にもてるからやとうそぶく洋。確かに明は25歳になるのに童貞でへちゃむくれ。質屋の老人(浜村純)に
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1972年公開の独立プロ映画。配給は東宝。原作は結城昌治の同名小説で1971年度直木賞受賞作。主演は丹波哲郎、左幸子。中村翫右衛門、藤田弓子、中原早苗、三谷昇などが出演。あらすじ元陸軍軍曹・富樫(丹波哲郎)の未亡人・サキエ(左幸子)。富樫は終戦間際に南太平洋の最前線で敵前逃亡により処刑されたとなっていた。そのため、ユキエは遺族年金を受け取ることができなかった。ユキエはこれを不服として申立書を出すと
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